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行願寺(ぎょうがんじ)

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  • 行願寺(ぎょうがんじ)

■行願寺(ぎょうがんじ)
寺町通丸太町を少し南に行くと、「行願寺(革堂)」があります。
都七福神めぐりの長寿・福徳を授ける「寿老人」をおまつりするとともに、西国三十三所観音霊場札所でもあることから、年間を通して多くの方が訪れます。
またこちらには、ある女性にまつわる悲しい絵馬が奉納されています。
今回は、行願寺について紹介します。

行願寺

■行願寺について
行願寺は、寛弘元(1004)年行円上人が一条北辺堂を復興して「行願寺」と名付けたのが始まりといわれています。創建当初は一条にありましたが、戦乱や火災で幾度も焼け、場所を替えつつも再建し、宝永5(1708)年の大火後から現在の地にあります。
室町時代には町衆の町堂となるほど、上京区の町衆から篤い信仰を集めていました。境内には、京都市有形文化財に指定されている「本堂」、都七福神の寿老人がおまつりされている「寿老人神堂」、本堂と同様に京都市有形文化財に指定されている「鐘楼」などがあります。

本堂 境内の様子 都七福神ののぼり 寿老人神堂 鐘楼 七福神

■行願寺創建の祖「行円上人」
行願寺は、別名「革堂(こうどう)」とも呼ばれています。
行願寺を創建した行円上人は、仏門に入る前は狩猟を業としていました。ある時、山中で雌鹿を射止めたところ、その傷口から小鹿が誕生しました。鹿は血まみれの小鹿の体を舐め愛おしんでいましたが、そのうち力尽きて死んでしまいました。その様子を見ていた行円上人は今までの殺生を悔い、仏門に入りました。行円上人は、死んだ雌鹿の革(皮)を常に身につけていたことから、「皮聖」「皮聖人」と呼ばれ、そのことから行願寺を「革堂」と呼ぶようになったそうです。行円上人が肌身離さずつけていたとされる雌鹿の革衣は、現在も行願寺の「宝物館」で大切に保管されています。

大提灯 行願寺会館(宝物館)

■幽霊絵馬
革衣が安置されている宝物館には、「幽霊絵馬」も所蔵されています。
幽霊絵馬には、子どもを背負った若い女性が今にも絵から飛び出そうとするほどの技法で描かれているのだとか。そして、この絵馬にはある悲話が残されています。
その昔(1816年)、熱心な法華信者の八左衛門がおり、その家に「ふみ」という若い娘が奉公人として働いていました。ふみは家の近くの革堂に八左衛門の子どもをよく連れて出かけ、子守りをしていました。そして、自然とお堂から聞こえてくる御詠歌を覚えました。ある時、ふみが御詠歌を子どもに教えているのを見た八左衛門は、怒りに狂い、彼女を殺してしまいました。そして、家の庭に埋め、彼女の両親には男と失踪したと嘘をつきました。その話に納得できない両親は、革堂の千手観音像に娘の無事を祈ります。すると、ふみの亡霊が現れ、「主人に殺され庭に埋められています、鏡を一緒に埋めてください」と告げました。鏡は奉公に行く際に母親からもらった大切な手鏡のことです。事実を知った両親は娘を不憫に思い、ふみの子守りをしている姿を絵馬に描き、手鏡と一緒に奉納しました。この手鏡は絵馬の裏側にあり、まるで悲話を語り継いでいるかのようです。8月22日~24日の3日間に行われる幽霊絵馬供養の際には絵馬を拝観することができます。

加茂明神石塔 獅子

行円上人により一切の人々の成仏を「ねがい、行じる」想いを込め、名付けられた行願寺。一千年に渡るその歴史を感じに、訪れてみてはいかがでしょうか。



アクセス

市バス「河原町丸太町」下車 徒歩約5分
地下鉄「丸太町」下車 徒歩約10分

住所

京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願寺門前町17

拝観料

無料

参拝時間

8:00~16:30

お問い合せ

075-211-2770


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